NIKKI

なんかお腹痛いなぁ…って思った時に書いてるブログ

Wi-Fi回線より祈りを込めて

 

死んだ。Instagramでずっと見守ってきた猫が死んだ。彼女は元野良猫でこれまで暮らしてきたのだが、晩年に現在の飼い主に拾われ、その一生を終えた。色もはっきり言ってしまえば汚い茶色で、毛並みもまったく整っていない。醜い猫だ。けれども毎朝、Instagramで更新される彼女の生存報告にほっとする自分もいた。理由はわからないけど。

 

 

 

 

亡くなった際に飼い主の報告の文章に少し気になるところがあった。

「○○ちゃんはお空に還りました。」

最初は何気なく見過ごしていたけれど、よくよく考えれば変だな、と思うところがある。もちろん宗教観にもよるのだが、少なくともこの日本では人間や動物(野菜とかわからんが)が死ぬとその魂のゆくえは知らずとも、とりあえず空に昇っとけ精神があると思う。

芥川龍之介の小説、蜘蛛の糸なんて最高の代表例ではあるが、やはりみんなどこかで天国は上、地獄は下って概念があるんだろう。

 

 

 

そもそも天国とか地獄とか信じてねーし、無宗教だしって思ってる人もさすがに愛猫が亡くなれば空を多少なりとも見上げんじゃね?って思う。そう考えれば日本ってのは宗教が意識せずとも徹底された国なんだろう。きっとインド人ならガンジス川に祈りを捧げるんだろうし。

 

 

 

そんなことを考えていたら、この前帰省したときに祖母に言われた言葉を思い出した。

「わたしが死んだ時は天国にも地獄にも行かず、あんたに憑依してやる」

何気ない談笑の中で突然これを言われて背筋が凍ったが、よくよく考えれば80過ぎたばあさんのくせに柔軟な思想してんなー、と思う。

 

 

 

そんなばあさんに見習って僕が死んだら僕はどうしようか、とか考えてみる。死ぬ時のシチュエーション。病死、殺害される、安楽死、憤死。そもそも死んだらやっぱり僕って概念は完全に消え去るのだろうか。色んなことを想像するけど、きっと僕の体から僕の魂が消えたとしてもばあさんの魂は粘り強く残ってんだろうなぁ、なんて思う。よって僕は永久に不死身である。

 

 

 

 

 

死ぬのは痛そうだし、怖いし単純に嫌だけど死んだらどうしよう、なんて自由に考えられれば少しは毎日楽しくなるかなって思う。Instagramの死んだ猫は今ごろ何してんだろうな。。ニンジンとかに生まれ変わってんのかもね。

(ガスタービンの講義中に最前列で執筆) 

 

僕のサークルについて

 

 

今までにいろんなことをこのブログやツイッターなどのインターネット上に書いてきた。旅行にいったこととか、やるせない気持ちだったり、ブスについても書いたりもした。だけど今日書くブログは現時点で一番書きたい内容だし、同時に書くことを躊躇する内容なのでスムーズに読みやすく書けるかは保障できない。あくまで自分へ区切りをつけるためという、とても個人的かつ内省的な内容となることを予め断っておきたい。

 

 

 

僕はこれまで学生フォーミュラというサークルで活動していた。まぁ、なんのサークルか分からない人も多いと思うので軽く説明しておくと、フォーミュラカーを設計・製作・走行させ各大学で競うサークルである。いわば、学生の作るF1と言ったところだろうか。これまで何も作ったことのない、受験勉強しかしてこなかった人間が突然レーシングカーの設計を行い、自分が設計したものを工場で鉄とかアルミとか削ったり溶接しながら製作し、組み立てる。そして速いラップタイムを追求し、テスト走行を重ね、大会に出場する。こうやって文章にするとすごくかっこいいし魅力を感じるけれど、実際にやってみるとめちゃくちゃ大変だ。忙しい時期になると徹夜なんて当たり前だし、精神崩壊も珍しくない。しかも、クルマを作るだけでなく製造工程と図面を書いて必要コストを計算した1000ページに及ぶレポートの作成、設計の注目点について記述したデザインレポートの作成、さらには製作したクルマを世の中に販売することを想定したプレゼンテーションも行わなければならない。正直言って、暇なときなんてないのだ。ひとつひとつを説明していくと日が暮れてしまうので、僕がこのサークルを引退するにあたって感じたこと、書きたいことを項目別に書いていきたいと思う。

 

 

 

 

 

 

~ものづくりに関して~

高校まではものづくりなんてものには縁はなかったし、どちらかというと苦手な方だった。今でも苦手なんだけれど笑。僕はこのサークルでサスペンション担当としてサスペンション機構の設計・製作に励んできた。最初はCADソフトを使ってPC上でいろんな形状のものを作れるのが面白かった。巻き糞とか作ってた記憶がある。

 

そうやって遊んでいるうちは楽しいのだけれどやっぱり部品を設計するとなると吐くほどキツイ。想定される荷重に耐えられるよう何度もFEM解析を行い、修正していく。サスペンションのレイアウトについてもリンク機構やダンパーの位置を1mmずつずらしながら他の部品との干渉を回避し、最も良い性能を発揮できるように配置していかないといけない。何かの性能を上げれば他の部分の性能は下がってしまう。わかりやすい例だと使用するパイプの径を大きくすれば剛性は高くなるが質量は重くなってしまう。(断面二次極モーメントを考慮すればそうとも限らない。あくまで中実丸棒を想定した話。) そんなジレンマの中でわけがわからないまま設計を行い、迫りくる納期と戦っていた。自分で言うのもなんだが、割と要領は悪くはなかったので早い段階で見切りをつけ納期重視でやっていたので苦しみは少なかった。

 

 

で、設計をすればそれを作らないといけない。図工の工作なんかとは大違いである。大学内の工場を利用して部品を製作していく。素人にはいったい何の部品なのか想像もできないような部品を作る。作りまくる。僕はそれらの部品をつなぎあわせる溶接を担当していた。なぜか最初から上手くて少しの練習しかせずに高い精度の溶接ができていたので、これに関しては純粋に楽しかった。もし何か溶接してほしいものがあればいつでも言ってほしい。喜んでやります笑。

 

 

部品を製作する上で何より大切なのは精度。溶接でも溶接ひずみを想定して冶具を設計しないといけないし(溶接すると熱の影響で部品が数mm変形してしまうので、冷めるまで固定しておく機構が必要なのである)、旋盤やフライス盤を使用した部品は基本的には1mm以上の製作誤差は話にならない。特にベアリングとかを圧入する部品の内径に関してはうろ覚えだけど0.002mm以下の誤差に収めないといけない、実際に、誤差が大きくなってしまうとベアリングのボールが渋くなってしまって使い物にならないのだ。

 

 

まぁ、いろいろと大変なのだがやっぱりここでも納期ってやつが大変厄介になってくる。決められた期日までにクルマを完成させることがどんなに大変なのか、そして最も体に効くエナジードリンクは何なのか、学んだことは非常に多いけどその分挫折と絶望も味わった。初めて本気で死にたいと思った。毎日、毎日サークルを辞めたいと思いながら部品を作ってた。完成したときの喜びなんてものより、疲労感と納期を守れなかった虚無感に襲われていた。二度とやりたくないので、後輩にはぜひとも頑張って欲しい。

 

 

 

 

~壊れることについて~

ここでは精神や人格の破壊ではなくクルマの破壊について書きたいと思う。

やっぱり、経験未熟な学生によって作られたクルマの信頼性なんてものほとんどない。大抵は壊れるものである。故障はエンジン系に多発するものだが、僕の担当したサスペンションでも起こりまくった。ダンパーからの液漏れや走行中にタイヤがもげたりもした。それはつまり製作のやり直しを意味する。死である。壊れたものを治すのは不可能ではないが、何より壊れているのは自分の心である。自分の設計が正しくなかったこと、製造過程に不備があったこと、未熟であること、色んな事実と責任が突き付けられショック状態に陥る。幸い、僕は一日寝れば復活するタイプなので立ち直れるが、中にはうつ病になってそのまま学校までもリタイアする人もいる。人生まで壊れてしまうのは良くないよ。

壊れては修復を繰り返した結果、多少のことでは動じなくなったし、かなりタフな人間になれた気はする。その代償に僕の目は大抵死んでいるのだけれど。

 

 

 

 

 

 

~人間関係について~

最後にこの項目について書いて終わりにしたいと思う。というか一番書きたかった項目である。

まず最初に、このサークルを本気でやるならばチームの仲間とは友達関係ではいられなくなる。設計や製作時に互いの主張がぶつかり合い、仲が悪くなる。さらには誰かが失敗したときに必要以上に非難してくるやつもいて人を信じる気持ちなんてものは失われる。結果的にはドライで業務上の関係みたいなものに近づいていく。

特に僕はアイデアを出したり、人に指示をだすことも多かったから失敗した時には非難を浴びた。自分は何もしないくせに人が失敗したときにだけ文句言ってくるやつとかにはマジで殺意が芽生えた。家の壁とか殴りまくる&食べまくるでストレス発散してたけど、結果的に太ってしまった。

 

複雑な人間関係と形式上の信頼関係の中でさらに僕の目は死んでいった。前よりも卑屈な考え方をするようになったと思う。人を疑うことの重要性、信じることの浅はかさ、学んだことを挙げればきりがないが、自分の世界観は大幅に変わった。

 

 

これだけつらいことをしてきて、華の大学生活も納期に拘束されて何一つ楽しくなかったが何よりも大切なことを学べて僕は嬉しい。きっと僕の性格上、学生フォーミュラをやっていなければ、「やりがい」や「達成感」なんて不安定で定量的でないものに引き寄せられて簡単にブラック企業に入社していたと思う。だけどこのサークルのおかげでそんなものより何より大切なのは労働への対価であり、それが唯一僕を報いてくれるもの、つまりは金こそが最重要だと確認できた。

金というのは仕事に責任を発生させる。金が生じないサークルでは誰でも逃げることはできるし、現に僕も逃げたことはある。それについては恥じることもないし、逃げた人を非難するつもりもない。なぜなら僕らは労働に対する対価をもらっていないから。サークルだからそこの文句を言う必要もないが、もしこれが本当の企業だったら許せない。

僕は世界中の何よりもブラック企業を嫌い、非難し、壊滅させたいと思っている。自分が就職する際には絶対にブラック企業には入社しない。そのための努力なら怠らない。僕は僕を守りたいと強く願っている。きっとこの想いはブラックサークルを経験しなければ分からなかったし、本当に感謝している。それだけでこれまで頑張ってきた意味がある。辛かったけれど本当に良かった。

 

 

帰省日記 〜夏の終わりに〜

 

少し時間が出来たので帰省してきた。

そもそもは高校時代に在籍したバレー部のOB戦に参加するため帰省したのだが、たまげたことに諸事情で部活停止になっていたので何もできなかった。バレー部の部停は僕が高2のときに家でBBQしたときに発生した悲劇の食中毒事件以来だったので少し懐かしい気分になった。

 

 

 

そんな感じだったのだが軽く数日間の思い出を振り返ってみる。

朝4時に起床し、支度をして5時に家を出た。7時に羽田を発つ飛行機を予約したのだが、こんなに早起きしなくちゃいけないのにはたまげた。出発の1時間前には空港に着いたのだが、突然の腹痛により長時間トイレに籠っていた。辛かった。おかげで保安検査をかなりギリギリで通過した。乗った飛行機はJALB767。特に感想はない。もうすぐ1万マイルが貯まるのでスパートをかけるためにも今回は飛行機を利用した。

 

 

f:id:hashimo02:20160901141719j:image

 

f:id:hashimo02:20160901141733j:image

 

 

 

1時間程度で着陸した。空の上ではWi-Fiも使えたため、かなり有意義(ひたすらtwitter)な時間を過ごせた。今年はかなり飛行機を利用しているが、離陸する瞬間はいつだって童心に戻るものだなと感じた。あと羽がパタパタするのも好きだ。流体力学的になぜパタパタする必要があるか説明すると長くなるのでしないが、深い訳があることだけは知ってほしい。

 

f:id:hashimo02:20160901142014j:image 

 

 

 

 

実家に到着後、友達と合流して母校に向かったが前述の通りOB戦は中止になったためフットサルをした。ゴールキーパーの練習中にパンツのお尻部分が破けてしまったのは秘密だ。その後、我が家でBBQをした。それなりに美味い肉とか海老とかを焼いた。ビールが体に染み渡った。

 

f:id:hashimo02:20160901142300j:image

f:id:hashimo02:20160901142314j:image

 

 

友達とは積もる話をしたかと言われれば特にはしていない。中途半端に哲学的な話をした。

 

 

 

 

日付は変わって翌日、母校の文化祭がやっていたので様子を見てきた。教室をよく見ると高2の頃の文化祭で僕らが作った出し物(簡易的なジェットコースター)で付けた生々しい傷跡がまだ残っていた。

 

f:id:hashimo02:20160901142610j:image 

 

 

 

在校生の出し物をごく普通に楽しんでいたのだが、シューティングゲームの1位から3位までを総ナメにし、さらには淫夢ファミリーを名乗るなど文化祭を非常に汚いものにしてしまったのは申し訳ないと感じている。

 

f:id:hashimo02:20160901143047j:image

 

 

その後は女子中学バレー部に混ぜてもらって軽くバレーをした。(中高一貫だったので中学もそこにある) 得体の知れない大学生が急に混ざってくるのだからその恐怖は計り知れないが、普段よりは楽しそうな練習ができてそうな雰囲気だったので満足した。パンツが破けないか不安だったが杞憂に終わった。

 

f:id:hashimo02:20160901143304j:image

 

部活後に購買でジュースを買って友達と喋るのには流石に青春を感じられずにはいられなかった。あの時は将来の夢だの、入りたい大学とかの話をしていたのだが、今では僕の動きがあまりに鈍いこととか淫夢の話とかで哀れを感じた。

 

f:id:hashimo02:20160901144203j:image

 

 

 

だいたい五日間ほど帰省していたのだが、そのうちの4日間くらいは誰かが家に泊まっている状態だった。親よりも行動を共にした。みんなが僕のせいで淫夢語録を覚えていく姿を見るのは愉快であった。銭湯に入っている時とか寝る前とかにめちゃくちゃ色んな話をした。将来のこともそうだし、何より哲学的な話をしまくった。僕は抽象的なレベルで物事を論じるのが好きなんだけど、それに話が合う友達がたくさんいて凄く楽しい。主観と客観とか相対と絶対とか、そういう話をしまくった。最終的にはすげえ馬鹿げた結論に落ち着くのがまた最高なのだ。

 

 

 

 

 

 

最終日には祖母と寿司を食べた。台風の影響で船が出ていなかったため、鮮度抜群な魚ではなかったけれど、十分に美味しかった。東京では食べれない味である。帰りは新幹線で帰った。乗車時間が飛行機と比べて2倍程度なので疲れはやはりこちらの方が大きい。手軽さは文句なしだけれども。

 

f:id:hashimo02:20160901144437j:image

 

 

f:id:hashimo02:20160901144446j:image

 

 

とりあえずはけっこう楽しかった。エネルギーチャージは完了したので、またしばらくは東京で頑張っていきたい。

じゃけん、よく生きましょうね〜。

LAX&SFO旅行記 ロサンゼルス編2

 

 

どうも、久しぶりに春休みに行ったアメリカ旅行を夏休みになった今、再び書こうと思います。どんだけ遅筆なんだ、おれ。。。

 

 

 

 

とりあえずロサンゼルスで初めての朝を迎える。うむ、暇だ!予定など何一つ決めてないので何したらいいかも全くわからないが、海が近いということでサンタモニカってところに行くことにした。

バスを乗り継いで行くのだが、どのバスに乗ったらいいのかも、どうやって乗ればいいのかも分からないのでとりあえず目の前にきたバスに乗り込んだ。運転手にサンタモニカまで行きたいからどうすればいいんだ、と尋ねたら1日フリーパス的なやつを勧めてきたので買うことにした。たしか6$くらいだったと思う。だけど僕は小銭持ってなかったんで日本のバスについてるような両替機を探したんだけど、アメリカのそれには無くて近くにいたおばちゃんが両替してくれた。日本から来たんだっていったら50セントくらいお小遣いくれた。サンタモニカのおすすめスポットも教えてくれた。なんだか日本よりも人の温かみを感じた。たぶん、日本で外国人がバスで両替できねー!ってなってたらみんな白い目で見ると思うんだけどアメリカだとおばちゃんだけでなくみんなちょっとニッコリして温かく見守ってくれた感があって嬉しかった。

 

 

まぁ、そんなこともあってサンタモニカに辿り着いた。ちなみに飛び乗ったバスは全く違う方面行きのもので周りに何もないクッソ田舎なところで降ろされて1時間めちゃくちゃ暇だった。

 

 

 

f:id:hashimo02:20160819023830j:image

海。まぁ、たいして日本の海と変わらなかったから特に感動とかはしなかった。

 

f:id:hashimo02:20160819023933j:image

全体図。けっこう人が多くてカップルがすごかった。何がすごいって人前でキスしまくるのな。昨日のベットの下でヤってた事件もそうだけど羞恥心のラインはどこなんだろうか。。。

遊園地も併設されていてジェットコースター的なものもあった。この前、youtubeGTAの実況動画見てたら実況主がヘリコプターでこの遊園地を破壊してて感慨深い気持ちになった。

 

 

まぁ、海に来たところで暇なんで近くの繁華街を見て回った。途中で化粧品売り場のお姉さんに声をかけられ半ば強制的に洗顔された。あなたとってもカッコいいんだけど鼻がダメ。鼻の角質がダメ。汚い。と言われて心が砕けた。だけど綺麗にしてもらったので許す。

 

 

 

お腹が減ったのでごはんを食べることにした。やっぱりアメリカと言ったらハンバーガーだろう、ということで表参道とかにありそうなハンバーガー屋に入った。

 

f:id:hashimo02:20160819024752j:image

 

写真だと分かりづらいけどかなりボリュームがあって味もとても美味しかった。コーラを飲み干す度にタダでお代わりをくれて初めてアメリカに来たなぁ、と実感した。

 

 

 

この後は…、と書きたいところなのだが記憶がない。この後何したかも何食べたかも記憶がない。夕方に道端ですれ違った小学生と軽くサッカーやってバカにされた記憶はあるけどそれ以外全く覚えてないのでロサンゼルス編はこれで終了とする。

次回はサンフランシスコ編を書きたいと思う。現地の人と意気投合したり、まさかの帰国不可能な事態となり一瞬だけホームレスと化した悪夢の事件とかも書きたいと思う。お楽しみに!

 

8月8日 足ケガしてる人多くね?

 

 

今日は昼からバイト行って夜まで働いてスーパーで半額惣菜買ってビール飲んでごろごろ。さいこー。ほんとはいろいろやることあるのにね、、、

 

 

 

NIKKIとしてはこの程度しか書くことはないけど、普段電車でバイト先に向かってるときにふと舞い降りた疑問について書きたいと思う。それは足ケガしてる人多くね?ってこと。

 

 

実はこの疑問は1ヶ月くらい前からずっと気になっててどこか出かける度に調査を行ってきた。冷静になって振り返ってみても地元ではあまり足をケガした人を見かけた記憶はない。高校でしょっちゅう松葉杖ついてたY君程度しか記憶にない。やっぱり東京、特に三鷹以降の中央線付近で急増してんじゃねえかと思う。ちなみに今日の通勤時間(往復30分)で5人ほど足をケガした人を見た。人口密度が地元とは桁違いといえどやはり多い気がする。しかもそのケガのバリエーションが豊富なのだ。よく想像するような松葉杖パターンは実は希少で足を引きずってる人が多い。捻挫とかも考えられるけど何故だか足を引きずってる人は苦痛の表情は浮かべず、まるでそうなることを初めから覚悟していたような、一点のみをずっと見つめながら歩いている。もしかしたら持病なのかもしれない。男も女も。あと、老人もそれなりにいるんだけど30代くらいの女性がめちゃくちゃ足を引きずってる。純粋に疑問だ。

 

 

 

東京の足ケガ王(キング)といえば左足壊死ニキであるが、僕も一度京浜東北線で遭遇したことがある。その左足の壊死具合もハンパなかったが、なにより臭かった。壊死ニキのいた車輌には一人も乗車できないほどの悪臭だった。かく言う僕も中央線の満員電車で屁を放ったときに後ろにいたリーマンになんだこれは、たまげたなぁ、と言われたことがあるが電車内で平気で語録を使うリーマンの方がたまげたなぁ。あのさぁ…。

 

 

 

話を戻すとそもそも何故こんなに僕の住んでる街には足をケガした人が多いのか、しかも幅広い年代層で、豊富な種類のケガをしているのか謎は多い。この記事は序章に過ぎず、より細やかに調査•研究を行い改めてブログにレポートとしてまとめたいと思う。

 

 

 

8月7日 ヨコハマGO

唐突であるがNIKKIを書くこととした。日記ではない、NIKKIだ。何故かと言うと僕の好きなくるりのアルバム、NIKKIに肖っているからだ。特段深い意味はない。ちなみにアルバムNIKKIはSuperstarと赤い電車、虹色の天使がオススメの曲だ。興味があれば是非とも聞いてみて欲しい。

 

 

 

今日は9時頃に起きた。大学の夏休みが始まってからというもの、目覚ましを掛けなければ何時に寝ようとも大抵この時間に起きる。授業があった頃よりはやく起きてしまう。謎だ。

起床後、テレビを点けてオリンピックの競泳を見た。日本人が個人メドレーでメダルを獲得したのを見て胸が熱くなった。僕は途中経過を知らないからごく当たり前にメダルを獲得したように見えたけど、その裏には物凄い努力や挫折があったんだろうなぁ、と思う。ちょっとは僕もあんな大舞台に立ってみたいとは思ったけどそんな努力や挫折を経験しなきゃいけないのなら、何の注目も集めず部屋でゴロゴロしてた方がマシだなと再確認した。

 

 

 

11時頃に家を出て電車で横浜に向かった。12時に中学時代の友達と待ち合わせをして中華街で食べ放題を食べた。ん、食べ放題を食べたってなんかすごくダサい表現だな。まぁ、いいや。2500円程度のたべほだったがなかなか美味かった。

友達とは積もる話をした。夏休みに入ってからバイト以外では人と話していないのですごく楽しかった。

 

 

 

友達がバイトに行くというので横浜駅でお別れした。その後、時間があったので上野に行った。国立科学博物館を訪れた。というのも、バイトでJKの宿題を代わりにやっているのだが、その一部に博物館に行き感想文を書けというものがあったからだ。一応は理系大学生ではあるので自らの知識を深めようと国立科学博物館を選択した。

館内には夏休みの自由研究を消化しようとする小学生、中学生が溢れていた。ダッシュで館内を駆け巡りスマホで写真を撮りまくり満面の笑みを見せていた。両親は疲れ果て、ベンチで休むのみ。一番可哀想なのが祖父母が孫を連れてきたパターンだ。この日差しのなかでジジイとババアを連れ回すのは拷問だぞ、小僧。

 

 

 

思ったより科学要素はなく、どちらかというと縄文時代の人骨やカンブリア紀の地層や化石などの地学的な展示が多かった。人骨コーナーでは縄文時代弥生時代の頭蓋骨が並べて置いてあり、いかにもどう思う?というような展示がしてあり興味が湧いた。しかしいくら観察しても違いがわからずイライラしてたら後ろから女子小学生に邪魔、どけ、と言われたので小走りで消えた。

科学的なものとしては人工衛星ゼロ戦などが展示してあった。親子は歓声をあげていたけれど、機械系大学生の僕の目は誤魔化せない。基本はすごくクオリティは高いとは思ったのだがどうしても一部が、具体的にはゼロ戦の車輪部分が手抜きでレプリカ感満載で残念な気分になった。やはりこういうのは動態保存に限る。

 

 

 

だいたい1時間ほどで全て見終えた。暇だったので公園でポケモンGoに勤しんだ。実は博物館内でもちょくちょくポケモンを捕まえてて特に古代の魚の展示コーナーでコイキングを捕まえた時には何とも言えない気持ちになった。公園では熱くて歩く気もなかったので、桜が舞ってるポケストップの近くで座りおこうを焚いてポケモンの方から来てもらうこととした。待ってる間は暇なのでしあわせのタマゴを使用し、乱獲したポッポ、コラッタキャタピーをひたすら進化させまくって経験値を急速に高めた。一気に2もレベルが上がった。満足。

 

 

その後は疲れたので普通に電車で帰った。昼が食べ放題だったから夜になってもお腹は減らない。今はテレビでオリンピックの柔道の海老沼選手特集を見ている。海老沼選手の妻がやたら北斗晶に似ていた。

 

 

割と今日はアクティブな日だった。ふらふらと書き連ねただけなのに1600字も使ってしまった。次からはもうちょっと簡潔に書けるようがんばる。

 

 

 

 

LAX&SFO旅行記 ロサンゼルス編

 

どうもお久しぶりです。

このところ多忙でなかなかブログすら書けない日々が続いておりましたが、やっとひと段落したので放置してたアメリカ旅行記の続きを書きたいと思います。それではー

 

 

 

 

 

〜前回までのあらすじ〜

ロサンゼルス国際空港に到着した僕はいざ宿へ向かわむとするも、移動手段が下調べしていなかったために全くわからないという緊急事態に!さぁどうなる?!

 

 

 

 

 

ということで、とりあえず着いたはいいもののどうしたらいいのかわからなかったので空港を徘徊。テキトーに歩いてたら外に出られた。というか出てしまった感。僕が持ってる唯一の情報は家で印刷してきた宿のグーグルマップでの地図。これを頼りにバス乗り場と思わしき場所に行ってみると太ったババアが「hey! boy!何処へ行くんだい?」とRPGゲームの如く尋ねてきたので、地図を見せて説明すると、私に任せろ、お前はそこで座ってろと言ったきりどこかへ消えてしまった。

 

 

 

 

命令を忠実に守ること20分、再びババアが現れ僕をトヨタランクルみたいな車に詰め込んだ。車には陽気なレゲエが流れ、黒人の強そうな兄ちゃんが小刻みにリズムに乗っていた。全てがされるがままでさすがに怖かったので、料金とマジでホテルまで連れてってくれるんだよな?!としつこく確認すると、リズムに乗って心配すんじゃねぇよ〜と言われた。

 

 

 

f:id:hashimo02:20160621144349j:image

これが実際の車と乗り場の様子。クソ蒸し暑かった。

 

 

 

 

車を走らせること約30分、宿に着いた。料金は15$。目的地の目の前まで届けてくれて、しかも低価格。かなり良心的であった。後で調べてみるとスーパーシャトルとかいうやつで、現地の人たちはよく使ってるみたい。日本からの観光客はあまり使ってないらしい。日本語サイトには難易度は高め的な記述があったけど、正直無知な僕でも使えたんで高校英語まで真面目にやってれば誰でも問題なく使えるんじゃないかなって思う。

 

 

 

 

 

 

f:id:hashimo02:20160621144910j:image

 

そしてこれがロサンゼルス編の宿。僕はあまり金を持ってないので、いわゆるドミトリーという1つ部屋に複数のベッドがあって他人と一緒に住む的なホテルに泊まりました。一泊30$程度で泊まれるんで貧乏旅行には最適かと。

 

 

 

いざホテルにチェックインするときにアメリカに来て初めて本格的に英語を喋る。受付の姐さんがいろいろ説明してくれるんだけど、早すぎて何言ってるかわかんねぇ!辛うじて部屋番号と朝食場所だけ聞き取れたので困りはしなかったけど、これまで受けてきた英語教育の無意味さを痛感。無念の想い。

 

 

 

 

宿に到着した時間がPM8:00頃。飛行機の中で爆睡したので正直そこまで眠くないので辺りを散策!

 

 

散策すると何やらHollywoodとかいう看板が。え?もしかしてここハリウッドなの?と思いバス停の名前とか調べてみると明らかにハリウッドだった。驚いた。まさか宿がハリウッドにあったなんて。

 

f:id:hashimo02:20160621145542j:image 

 

 

まぁ、街を徘徊したところで貧乏学生に出来ることなんて何もなく雰囲気だけを味わっていた。面白かったことといえば普通にピストルが売ってたことくらいかな。映画ファンだったらたまらないんだろうなぁー、と思いつつ宿に戻った。

 

 

 

f:id:hashimo02:20160621150123j:image 

 

ハリソンフォード。顔は思い浮かばないけど、名前は知ってた。

 

 

 

宿に戻ってフラフラしてたら何やら日本語で話しかけられた。?と思って振り返ってみると日本人の美人なお姉さんがいた。完全に想定外の事態にブルッたが、このお姉さんが街のこととか交通手段のこととか色々と教えてくれた。そしてあまりの僕のノーガード戦法に爆笑してた。その後は彼氏とLINEでビデオ通話を急に始めやがったので絶望を感じながら退散。

 

 

 

 

宿を散策すると奥の方の部屋から笑い声とギターの音が聞こえてきたので侵入した。そこは小さなbarみたいなところで宿泊者たちの触れ合いの場みたいなとこだった。テキトーに空いてた椅子に座って音楽を聴いてたらいろんなやつが話しかけて来てくれた。僕と同じく春休みを利用して旅行に来たドイツの大学生とかフィンランドの学生とか早稲田大学の学生もいた。

 

 

 

こいつらは本当にいい奴らで僕の下手くそな英語も真剣に聞いてくれて、僕に理解できるような英語で話してくれた。めちゃくちゃ嬉しかったけど、同時にめちゃくちゃ悔しかった。よく学校なんかで英語なんて通じればいいんだよ!なんて言う奴がいるし僕もそう思ってたんだけど、「通じるだけ」だと深いコミュニケーションは取れないし、本当の気持ちも分かり合えないし、何よりクッソ惨めな気持ちになるんだぞ!と忠告しておきたい。

 

 

 

で、一番印象に残ってたのがフランス人のガブリエルって奴で自称小説家である。僕もそれなりにブログは書いてるし高校のときは高校生ブログランキング1位(デイリーランキング)にも上り詰めたことはあったので、俺も小説家なんだよ!とテキトーに言ったら何と意気投合。日本のアニメに興味があるらしくデスノートが大好きなんだとか。やっぱり日本人として今日本で最も熱いアニメを紹介せねば、と思いて僕は颯爽とラブライブ!を画像付きで熱心に紹介した。

 

      f:id:hashimo02:20160621151827j:image

              図1 ラブライブの様子

 

 

説明を受けたガブリエルはCrazyと発して酒を飲み干した。

 

 

 

 

 

 

一通り英語の壁を実感しつつ僕はベッドに入った。いくら飛行機で爆睡したとはいえ、慣れないことの連続ですぐに寝れた。のだが、その2時間後。。。

 

 

 

ベッドがめっちゃ揺れてる!なに?地震とか思っても他の人たちは起きないし大丈夫かぁ、と思って再び寝るもやはりずっと揺れてる。明らかにおかしい。下のベッドから揺れが伝わってる。これはもしや…、と思っていると金髪の女が部屋の明かりを急に付けて「ヤッてるのはだれだー!!」と叫んだ。その瞬間僕の下のベッドから男女二人組が全裸で現れ、ダッシュでシャワールームへと駆けて行った。

 

 

 

なんかショックだった。自分は何も悪いことしてないのに何だか悪いことした気分になった。そして再び眠りにつくも1時間後、再び揺れが始まった。ついでに喘ぎ声まで聞こえてきた。さすがに僕も感覚が麻痺してきて下のベッドでヤッてるのが当たり前と思うようになってしまって、下から伝わる振動が心地よく感じてきてそのまま眠った。

 

 

 

 

今回はここまでです。次回はロサンゼルス編を最後まで書きまーす。サンタモニカで美女の気を惹こうと必死に僕が頑張る話です。