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NIKKI

なんかお腹痛いなぁ…って思った時に書いてるブログ

うみべの女の子を読んで

 

 

僕は浅野いにおのファンである。ソラニン、おやふみプンプン、デデデデを読んでハマった。けれどもまだまだ読んだことのない作品も多いので、今回はうみべの女の子という作品を読んで見た。

で、感想を書こうと思うけれど、どうしてもネタバレは必須になるし、ストーリーをいちいち説明すんのも面倒いしそんなの誰も読まないだろって思う。だからうみべの女の子を読んで僕が感じたこと、考えたことを一方的に書いていきたいと思う。(そっちの方が誰も読まねーよ!ってツッコミは的を得てはいるが死ね)

 

 

 

 

 

僕自身、そんなに濃密な恋愛もしたことはないからよく分かんないのだが、恋愛感情を持って人を好きになるということはなかなかに難しいことだと思う。例えば僕には呆れるほど仲の良い友人が数人いるが、彼らとキスしたいか?一緒にデートしたいか?同棲したいか?セックスしたいか?なんて言われたらゲロ吐きながらNO!!!!と叫ぶ。それは彼らが男だってのも勿論だが、仮に女だったとしても無理だ。キモすぎる。

 

 

つまり僕が言いたいことは日本語メンドクセー!ってことだ。英語だったらきっちりlikeとloveで分類されてんのに、日本語は 好き だけだぞ!!せいぜい愛してるなんて言葉もあるけど、英語だったらlikeはloveにはならない。でも日本語は好きは愛してるにもなるんだぞ!!メンドくさい!死ねや!!

 

 

ってなわけで、結局はその大半は日本語の構造上のせいでもあるがlikeとloveの境目を見誤ってしまい、恋に失望したり、無意味な恋に落ちることだってある。特に学生なんかに多いだろう。決して心から恋してるわけではなく、恋してる自分が好きなだけの人とか。そういうのは大っ嫌いだ!なぜならぼくはスーパーピュアボーイだからだ。決して嫉妬心があるとかそういう意味じゃないんだぞ…!!

 

 

 

 

 

人を恋愛的な意味合いで好きになる、なんてのは都合のいい考えだな、とも僕は思う。人間に限らず動物は本能的にセックスをしなきゃいけない。コンドームをつけたとしても。人間だけが文化が発達し社会性や協調性を持ったとき、セックスは以前より深い意味を持った、ある意味で汚らわしい行為になってしまったのだろう。なぜならコンドームをつけるから。

 

セックスが神秘的なのは子供を創るからで、そういった意味を持たないコンドーム付きのセックスなんて全く神秘的ではなくなったのだ。けれども人は誰しもが自分を肯定したいものである。だから恋愛なんて上手な言葉を使ってコンドーム付きのセックスも違う意味で神秘的にしたかったのだ。なんとワガママな奴らなんだ!

 

 

 

だからあんまり恋に振り回されるのもよくないぞって言いたい。人と人が深く関わっていく上でぶつかり合うことなんて星の数ほどある。それでも深く関わりたいなら、良い意味で割り切って、そして過剰な期待は持たずに楽しんでいくのが一番じゃないだろうか。それはきっと世間一般での恋愛の定義からは外れるだろうけど、僕の中では十分恋愛の定義内に収まっている。だから僕の考えに共感する女の子!僕と付き合って!毎日孤独で寂しいんだよ!!あー、恋したい!!

(母親からのLINEを無視しながら執筆)