NIKKI

なんかお腹痛いなぁ…って思った時に書いてるブログ

うだうだと流れていく幸せと、それから。

 

 

どうも、「お前の代わりはいくらでもいるからな!」っていうやつの代わりもいくらでもいるだろって思ったけど、そう思うおれの代わりもいくらでもいるだろって思うやつも出てきてさらにまた…、という風に一瞬で無限地獄に落ちたはしもとです。結局ね、代わりなんていないんだよね。僕の院の研究は誰かに代わりにやって欲しいけどね。

 

 

 

最近はようやく待ちに待ったあっつーい季節がやってきてテンションが上がると思いきやこんなにあっつーいのなら早く秋になれよって願ってしまう。もう何十回も夏、過ごしてるけど毎回こんな暑いとは思わなかったと後悔する。みんなもそうでしょ?そうであってほしいよ。笑。

しかし人間とはまあバカなもので、何か欲しいものとか望むものがあるとそれはとても素晴らしい!悪いところなんてない!って思い込んじゃう。夏に変な期待しちゃう僕がそう。笑。その程度だったらいいんだけどたまにその感覚を人間関係にも持ち込んでくるやつがいてそういうのはほんとうざったい。勝手に期待して勝手に幻滅すんじゃねー!って思う。僕は最初から幻滅されてるパターンが多いから(研究室の教授からは初対面でTOEICを受けたことがないという理由で馬鹿にされ、その評価が今後覆ることはないといきなり宣言された。だから僕は研究にやる気がない)あんま被害に合わないけど例えば美人な人とかイケメンくんとかある意味可哀想だと思う。僕はどんなに素晴らしそうな人間に出会っても"どうせこいつクズなんだろ?自販機の下に潜って小銭探したりしてるんだろ?"とか思っちゃうので勝手に上げて落とすってことはあんまりしてないと思う。ひねくれてるから。だけど素直な人ほど悪意なき幻滅を繰り返すのだろう。

 


少し話は飛ぶが、中高時代の同級生が婚約をした。ジマンスタグラムにジマン写真をドヤ顔で投稿していて僕もそれを知ることになった。見た瞬間正直はやくね?って思った。(僕は22歳) まあ早いかどうかはそいつが判断することで僕は関係ないし、仮に早すぎたせいで仲が拗れて婚を離れることになっても僕には知ったこっちゃねーからどーでもいいが、ひとつ疑問に思うことがある。彼らは結婚に期待してるのかな?ってこと。

ここでさっきの話に戻るけど結婚に過剰な期待をしたはいいけど現実はもっと違ってて幻滅したってパターン、めちゃくちゃ多いと思う。別に期待するのが悪いってことではない。期待をするのならそれ相応の理由が必要なんじゃねーかな、とひねくれた僕は思う。果たして彼らはどうなんだろう。その答えを早く知りたい(もっとも早く知るパターンには不幸な結末しかないけれど)

 


あとジマンスタグラムの幸せそうな写真をみてやっぱそうだよなって思ったこともある。やっぱりね、結婚=幸せって考えてるんだろうなぁ、って思った。結婚は幸せ。左辺は事柄に対して右辺は概念だからそもそもこの式は釣り合ってないだろっていうツッコミたい。どうもこの世の中には事柄に幸せを感じる人ってとても多いと思う。結婚とか出産とか。男女関係絡みのものが多いのかな。特に"◯ヶ月記念日~"とかほざいてるやつはキライ。だからどうした?と言いたい。いまあげた例はどれもその過程とその後の事の方が遥かに重要なものだと思う。だからそれ自体に幸せを感じる意味なんてなくて、それによって自分は、相手はどうなるのか?どう思うのか?どう変わるのか?そういった変化や反対に変わらないものに幸せを感じていたいと思う。

ちょっと話が抽象的になってしまったからもうすこし具体的にしよう。僕が思う幸せってやつは、例えば相手が好きな音楽を自分も好きになったり、その逆だったり、自分一人だと絶対行かなかった場所に行く事であったり(僕の場合は中古レコード店とか)とか、そういうことだと思う。これは何も恋愛に限った話ではなく友情もそうだと思う。その人がいることで自分も変わっていく。自分がいることでその人が変わっていく。でもそれは日々の何気ない所に潜んでいるし、結婚のような事柄でもないし、形も無いからなかなか見つからない。だから見つけた時には喜びも大きいし、幸せだなって感じるんだと思う。かといって見つけるのに大変な努力が必要かってわけでもない。ある時突然、ふっと湧き出て心に残留する。でもそのうちうだうだと流れていってしまうからまた新しい幸せを見つけていきたくなるんだと思う。それから先の、それ以上の幸せはまた欲しくなったら考えればいいんでねーかな。