NIKKI

なんかお腹痛いなぁ…って思った時に書いてるブログ

ドラマティック説教

 

夏の日の終わり、夕暮れ時にスーパーへ向かうとT字路に面した家からうっすらと線香の匂いが漂った。盆はもうとうに過ぎたのに、なぜ今さら。しかしそんな事を考えてもしょうがない。だけど考えてしまう。僕はそういう人間だし、そういう気持ちだった。

その日の午前も終わりに近づいた頃、僕はある人に呼び出された。その人はいつもとは違う強く、鋭い目つきでそれを隠そうともせずに僕を埃かぶったグランドピアノとイスと、あと強いて言えば静寂だけが残された空間へと連れ出した。イスに腰掛け少し間を置いてその人は尋ねた。いや、尋ねたというよりも尋問を開始した。

「君は一体何をしていたんだ」

もはやクエスチョンマークは付いていない。その人も分かっている。僕が何もやっていない事を。そしてその質問に答えられないことを。しかし、今日の僕にはこれに対抗し得る切り札があった。

「あのー、言い訳になるかもしれないですけど、盆の終わりからちょっと感染症にかかってまして大学に来て研究することは難しかったです」

まさかの返答にその人は少し驚いた顔をした。それを察して心の中でやった!と思ったのもつかの間。まるで線香花火のように。

「なんでそれを報告せんの?え?」

僕の計画はいとも容易く崩れ去った。ウサイン・ボルトが100mを走りきる前に崩れ去った。

「ただでさえ信用のない人間が報告を怠るとどうなると思う?」

「さらに信用を失うと思います…」

「君が僕の立場だと考えてみ?こんな人間のこと信用できる?」

「信用できないと思います…」

「じゃあなぜ報告を怠った?」

「……」

沈黙は流れる。流れた先に解決があればよいのだが、一度流れた沈黙が再びやってくるかのように永遠の時間の中を僕は彷徨った。究極的な"無"を避けたいがために僕はずっと考えていた。1番ご飯にかけて食べたら美味いドレッシングってなんやろ?とか。パトカーにウンコしてみたいなぁ…、とか。それでもその人は、教授は、尋問を続けた。そしてそれも気づけばすでに拷問へと変わり果てて行った。

「正直言って君の未来は真っ暗やわ」

「今のままでは会社に入ってもいい仕事なんか出来ないよ」

「君はとことんサボるよね。一体何をして生きてるの?」

ごめんよ、教授よ。そんな刺々しい言葉で僕の心を抉ったつもりでも意味無いよ。僕の心は此処に在らず。そんなことより教えてくれよ!1番ご飯にかけたら美味いドレッシングはなんなんだよ!パトカーにウンコしたらどうなるんだよ!!!教えてくれよ!!なあ!!未来は真っ暗ってどういうことなんだよ!?社会のレールから外れることが真っ暗なんか?お?いい仕事ってなんなんだよ!?いい仕事って!!!今のお前ができるいい仕事はいっぱいご飯にドレッシングかけることとパトカーにウンコすることやぞ!!少なくとも俺にとってはとっても!!!とってもいい仕事やぞ!!!

 

 


結局は全て価値観の相違。ベクトルの違う人生を歩んでいるものに違うベクトルの言葉を刺したところで刺せやしない。僕にとっては研究なんて無意味。ただ大学院卒の称号さえ手に入ればよいだけ。いい仕事?なにそれ美味しいの?仕事なんて金が手に入ればよい。それにおれは数年で仕事なんて辞めてやる。そんな中2めいた言葉が心の中で渦巻きながら僕は静寂の空間を後にした。教授の中では殺伐とした中で気持ちのいい説教を達成したつもりかもしれないが、夏の終わり、夕暮れ、T字路、線香の匂い、全ての歯車が噛み合った瞬間に僕の中ではドラマティックになってしまったんだ。人と人は分かり合えない。けれどもそれが正解だっていいじゃないか。線香の煙のように刺激を残して消えていけばいい。